批評サムライ  ~映画・ドラマ・小説・エンタメ ★斬り捨て御免!~

責任が何でも曖昧なこの国で娯楽くらいは白黒ハッキリ!大作も小品もアダルトも興業収入も関係ない。超映画批評にない「上映途中の居眠り」が特技。シネマハスラー宇多丸氏、たまむすび町山智浩氏、シネマストリップ高橋ヨシキ氏を見習って公開初日最速レビューを心掛け評価は点数制。地方在住フォトグラファーがど田舎のシネコンでネタバレあり&あらすじ&見たまま感想ブログ

沢田研二、コンサート当日キャンセル事件の考察。または、沢田は何故芸能人ジュリーを止めて、中学理科教師城戸誠(主演映画「太陽を盗んだ男」監督:長谷川和彦)になったのか?

突然、摩訶不思議なニュースが飛び込んだ。

歌手・沢田研二(70)が17日、さいたまスーパーアリーナで午後5時から予定していた公演「沢田研二 70YEARS LIVE『OLD GUYS ROCK』」が急きょ中止となった。同所の管理会社が認めた。 沢田研二のポスターの前で身もだえした女優  会場スタッフは、困惑する来場者に向け「重大な契約の問題が発生したため、主催者、所属事務所が協議を重ねた結果、本日の公演は中止とさせて頂くことになりました」と説明。(Yahooニュース 2018.10.17)

このニュースを見た時に、大して驚きはしなかった。

70年代最後のスクリーンヒ-ロー「城戸誠」が覚醒したんだな、という感慨で胸がいっぱいになった。
沢田の中には、背負ってきた芸能人格の「ジュリー」と違う、もう一人の自分との長い葛藤があって、もはや隠し切れず、齢70歳にして過去の栄光を捨て、素に戻ればこうなる他ないではないか。

f:id:kudasai:20181017230120j:plain

ここ数年の沢田の歩みを押さえておきたい。

3・11以降の政治への突然の参加(芸能人も社会人なので当然ではあるが)が自民でも共産でもなく、山本太郎だった。

いろんな支援がある中で、選挙戦の最中の街頭演説で動画配信される覚悟を持ってマイクを握る。


2012.12.14 荻窪駅前ジュリー(沢田研二)登場編

その数年前(東日本大震災前)沢田は自らの作詞でこれまでの「勝手にしやがれ」路線とは180度の舵を切る。

窮状・・・?

憲法9条としか考えられない。
メタファーにしては余りにストレートにしてもだ。


沢田研二 我が窮状

この辺りからテレビへの出演が極端に無くなる。

そして2011年3月11日を迎える。

2014年12月、映画で共演した菅原文太が亡くなる。


長谷川和彦沢田研二菅原文太

 

菅原も晩年は沖縄を中心に、反自民勢力拡大の為の政治参加に熱心だった。

やはりこの映画が2人の心に灯をともしたのではないか?

f:id:kudasai:20181018081612j:plain

 あらすじ)

 中学の理科教師・城戸誠(沢田研二)は、茨城県東海村原子力発電所から液体プルトニウムを強奪し、アパートで原爆を完成させる。そして、金属プルトニウムの欠片を仕込んだダミー原爆を国会議事堂に置き去り、日本政府を脅迫する。

 交渉相手は、丸の内警察署捜査一課の山下警部(菅原文太)。かつて誠がクラスごとバスジャック事件に巻き込まれた時、体を張って誠や生徒たちを救出したのが山下だった。誠はアナキズムの匂いのする山下にシンパシーを感じていたのだ。

 第1の要求は「プロ野球のナイターを試合の最後まで中継させろ」。電話を介しての山下との対決の結果、その夜の巨人対大洋戦は急遽完全中継される。快哉を叫ぶ誠は山下に名乗った。俺は「9番」だ、と(当時、世界の核保有国は8か国、誠が9番目という意味)・・・

1979年、全く新しいエンタメが日本映画に誕生した。

広島出身で体内被曝した映画監督長谷川和彦の劇場映画2作目にして70年代最高に面白い日本映画を作る。痛快にもほどがある。

しかし電力会社、電事連を大いに刺激してスポンサーは皆無。

ドラマとはいえ、プルトニウムテロは79年より東京オリンピックを控えた中で、よりリアルであり、経産省警察庁内閣府をも刺激する。とすれば政府広報で大儲けする電通は絶対NGだ。地上波では決して放送されない。

 為政者側からすればこの映画こそが国民から隠さなければいけない原発のような存在である訳だ。

しかし、制作の過程が関係者の証言となった動画がある。

これが実に面白い。

 

太陽=原爆を作った男を演じた男が、反原発に向かう。

1979年、沢田は城戸誠を演じる中で、その種を飲み込んだ。

やがて21世紀を迎え、大いなる覚醒が始まる。

大震災が起きる、憲法改正が迫ってくる。

「時は来た」

全国ツアー真っ最中なら話題に事欠かない。

f:id:kudasai:20181017235018j:plain

城戸がテロリストであったように、「原発」は芸能界の禁忌であり、そのタブーに沢田はテロを企てた。そして当然スター歌手としては本日死んだ。

映画がそうであったように。

 

しかし、こうなる事でマスコミを通じた話題は、79年にはなかったインターネットの拡散を通じた沢田の訴えの本質がじわじわ拡散することを狙った企てではないか?

城戸誠はスクリーンで死んだが、その後の評価は真逆だった。

映画がそうであったように・・・

 

いま目にしているのは、ドラマ以上に、ある大スターの内なるドラマだ。

種が蒔かれて40年。

沢田はジュリーとしては死に、スクリーンで死んだ筈の城戸誠として蘇った。

花は咲いた、と観るべき。


巴里にひとり 1975

 

個人的に、長くカラオケで「時の過ぎゆくままに」と「巴里にひとり」を歌ってきた70年代からの一ファンとして、例えるならば、映画「昭和残侠伝」のラスト。

雪降る花道で待つ池辺良の心境だ。 

あんた一人、敵地に向かわせる訳にはいかない。

あまりにカッコ良すぎるし、こっちとしては男の立つ瀬がない。

 

複雑だけど仕方ない。

ここは、是非に及ばず。

これでいいのだ。

 

さらば、ジュリー